自分が悪いと、ずっと思っている
悪いことをしている、と自分で分かっている。分かっているからこそ、誰にも言えず、ひとりで責め続けることになります。
責めるのをやめられない理由のひとつは、やめてしまうと「悪いと思っていない人」になる気がするからです。責め続けていることが、かろうじて自分を保っている面があります。
夜、ひとりになると始まる。
最初に会った日のことから順番に思い出して、
どこで引き返せたかを探す。
あの返事をしなければ。
あの日、行かなければ。
見つかっても、もう戻れない。
戻れないので、また最初から探しはじめる。
責めることは、何も動かしていない
自分を責めているあいだ、何かに向き合っているような感覚があります。ただ、実際には状況は何も動いていません。責めることは反省と似ていますが、別のものです。
反省には次の行動がついてきます。責めるだけのときは、そこで止まります。止まったまま消耗するので、考える力のほうが先に減っていきます。
罰として引き受けているもの
誰にも相談しない、休まない、幸せそうにしない。そういうことを自分に課している人がいます。苦しんでいれば、少しは釣り合うと感じるためです。
ただ、こちらが苦しむことで軽くなる人はいません。誰かに向けての償いになっていないので、減っていくのはこちらの体力だけです。
悪いと思うことと、自分を壊すことは別
悪いと思っている、という事実はもう十分に成立しています。それを証明するために、これ以上何かを差し出す必要はありません。
ここから先で意味があるのは、どうするかを決めることのほうです。そのためには、決められる状態でいる必要があります。責め続けて消耗している状態は、何かを決めるのにいちばん向いていません。
この文章は、特定の個人の体験ではありません。よくある状況をもとに書いています。